初期段階から”Human Fit®テクノロジー”の推進に携わっておられるキッチン事業部 キッチン商品部 デザイングループリーダー 田口哲氏(以下、田口)から、技術ブランドの開発と推進を支援した弊社代表/チーフコンサルタントの田崎和照(以下、田崎)と共に、技術ブランド” Human Fit®テクノロジー”の誕生秘話と思想についてお話しを伺いました。

きっかけは主力ラインナップ(現在のLIXILリシェル)のリニューアル。当初は技術ブランドという考えはなかった。

田口 話は2009年にさかのぼります。当時の当社(当時サンウエーブ)のシステムキッチンの主力ラインだった「Pitto」(注:現在のリシェルSI)のモデルチェンジを進めていました。中価格帯の「Pitto」と高価格帯の「センテナリオ」を1つのブランドにしてリニューアルをするのが課題でした。当社の屋台骨を支えるラインでしたので、ブランドを一からしっかり作らなければいけない、という思いがあって、リスキーブランドさんと一緒にプロジェクトを進めることにしました。

実は、プロジェクトをスタートした段階では、技術ブランドという発想も” Human Fit Technology(ヒューマン・フィット・テクノロジー)”という言葉もありませんでした。

田崎 2009年当時は、2008年9月のリーマンショックの影響でデフレや低成長の真っ只中でしたよね。しかも高度経済成長、バブル期を経て、消費者には既に良いものが行き届いている。単なるモデルチェンジでは売れるわけがなく、低価格とか高級とかそういう話でもなく、お客様一人ひとりが本当に良いと思えるものだけが売れる、そんな時代の始まりだったのかもしれませんね。

田口 そうですね。だから目先のメリットや機能を訴求するというやり方では限界があり、製品の魅力やその魅力を当社が実現できる理由を、ブランドとしてしっかりと形成する必要があるという共通認識がありましたね。

リニューアルのコンセプトは「ビューティフル・コンフォート」。日常・非日常どちらにも快適。知的で賢く、使う人に優しいキッチンを目指した。

田崎 プロジェクトでは、弊社がもつライフスタイル調査「MINDVOICE®」のデータ分析からスタートしました。一般生活者を対象にした定量アンケート2009年度版のMINDVOCE(N=4,056)から、既婚・戸建居住の女性(N=742)のデータを抜き出し、彼女たちの生活意識や商品選択意識などの分析を行いました。

その結果「ハイライフ」層をターゲットとし、リニューアルのブランドコンセプトを定めていくことにしました。「ハイライフ」層は、既婚・戸建居住の女性の11%を占め、可処分所得が高く、料理、インテリアともに関心が高い先行的な価値観をもった女性というデータでした。

田口 このチャートは懐かしいですね。社内会議でも繰り返し説明しましたよ。

田崎 このリニューアルプロジェクトを通じて、LIXIL(当時サンウエーブ)の手で、キッチンの新しい基準を作っていこうというチャンレジでしたものね。多くの人を満足させるという発想から、一部のオピニオンリーダーにターゲットを絞って、その人たちの影響力を活用して他の多くの人たちの興味・関心を促していくというアプローチは簡単なようで簡単ではありませんからね。オピニオンリーダーとはいえ、「ハイライフ」層は市場の11%に過ぎないボリュームでしたから、販売量を狙うために、社内の合意形成も簡単ではなかったと思います。

田口 そうですね。賛否両論はありましたが、ハイライフ層に訴求しながらも、ややボリュームの多そうなナチュラル層まで取り込んでいくよう設えること。またこの商品をイメージリーダーにしながらその他のラインナップで普及を図るという組立てで合意を取ることができました。

田崎 ターゲットを定めた後は、グループインタビューで検証しながら、リニューアルのコンセプトを定めていきましたね。

田口 グループインタビューの結果も踏まえ、最終的に「ビューティフル・コンフォート」というキーワードをつくり、日常・非日常どちらにも快適。知的で賢く、使う人に優しいキッチンを目指すことにしました。

問題は、「ビューティフル・コンフォート」を実現できる理由を伝えること。つまり、技術のブランド化が必要だった!

田口 ただ、グループインタビューを通じて気づいたことは、「ビューティフル・コンフォート」は社内の旗印に過ぎないということでしたね。つまり、美辞麗句を並べ立てても彼女たち(ターゲットとなる顧客層)には訴求力がない。「ビューティフル・コンフォート」を実現できる理由を示さないとブランドとして成立しない。

田崎 そこですよね。ブランドって印象(=気を惹くイメージ)と魅力(=いいね、と思わせる価値)と特徴(=魅力を実現できる理由)が1つのストーリーになっていないと成立しない。「ビューティフル・コンフォート」を魅力とすれば、その魅力を実現する独自の特徴を示す必要がありますよね。

田口 「(当時のサンウエーブ)ならではの、しっかりと設計されたプロ感覚の最高品質」を訴求できないといけない。ところが、「しっかりと設計された」なんてことはどのメーカーも言っていること。この点は本当にどの会社よりも一番しっかり設計しているという自負心もあったのですが、伝えるのが難しい。IT業界だとスペックや新技術などで説明できるかもしれないが、キッチンはスーパーハイテクというより基本をいかに応用させるかが大事なので・・・。

田崎 そこで、何が独自の特徴なのか開発の方からお話しを伺ったり、商品企画会議などに参加させてもらったりしたのですが、お話を聞きながら、正直びっくりしました。「ここまでやる!?」というのが正直な感想。

田口 私たちは当たり前のことだと思っていたのですけどね・・・。当時のサンウエーブは、真面目だけが取り柄という感じで、何か特別な技術があるという意識はなくって・・・。

田崎 真面目だけが取り柄とおっしゃっていたけど、僕からみたら真面目が度を越していましたね。キッチンで料理や後片付けをするユーザーの一部始終をビデオに撮り、こと細かく分析し、細かい部分に対して度を越した真面目さで商品企画や設計に反映していらっしゃる。

田口 ビデオを見るのは簡単ですがその分析が大変です。例えば「らくパッと収納」を開発したときも1つの調理工程を1分ごとに切って、その1分ごとに何を使ってどういうタスクを何工程こなしたかをずっと見ていって、そのあとこうした商品をつくってきました。

田崎 そうしたお話を聞いて、こうお話ししたんですよね。「特別な技術はないっておっしゃるけど、あるじゃないですか!ていうか、そういうのを技術っていうんじゃないですか?」って。

田口 田崎さんって少し大げさだなって思いましたけど・・・(笑)。冗談ですよ。

田崎 こうした工程や思想をブランド化て価値をわかりやすくしましょうよ!というのが、LIXIL(当時サンウエーブ)の技術ブランドが誕生した瞬間ですね!少し大げさですが・・・(笑)。

田口 そうですね。おかげさまで、こうしたプロセスを経てリニューアルされたシステムキッチン「リシェル」(当時はサンヴァリエ・リシェル)は予想以上のご評価をいただき、今ではLIXILキッチンの中核ブランドとしての地位を築いています。

対談 [後編]技術ブランド“Human Fit®テクノロジー”は
LIXILキッチンの中核をなす技術思想へ。

田口 哲(たぐち さとし)
株式会社 LIXIL
LIXIL WATER TECHNOLOGY JAPAN
キッチン事業部 キッチン商品部 デザイングループリーダー

<プロフィール>
サンウエーブ工業株式会社入社後、キッチンの商品開発に携わる。デザイナー・プロデューサーとしてグッドデザイン賞の受賞は10回以上。デザイングループリーダー、開発企画部長などを務めながら、多くの新商品を立ち上げた。2002年発売のシステムキッチン「サンヴァリエ・ピット」では、特殊な収納機構である「ドアポケット」を企画し、「パタパタくん」の愛称とカンガルーの着ぐるみのCMと合わせ大ヒット。
その後サンウエーブがトステム・INAXなどとともに株式会社LIXILとして統合、現職に至る。近年ではシステムキッチン「リシェルSI」において、「セラミックトップ」を企画しヒットにつなげている。

<趣味・特技>
家では音楽鑑賞(1950~60年代のジャズを大型のオーディオシステムで大音量で聴く)。外ではフライフィッシング(渓流などでトラウト、海ではボートでシーバスを狙う)。