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今回は、D2C(Direct-to-consumer、顧客とダイレクトに取引する販売方法)から、Direct-with-customers(顧客が企画やブランド作りに参加するモデル)へのシフトを取り上げます。
もくじ
D2C、または「Direct to Consumer」(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)は、メーカーが製造した商品を自社ECを通じて顧客に直接販売する手法のことを指します。オーディエンスと直接接点を持つことによりコストの軽減やファンを獲得・育成するアプローチとして、昨今大きな注目を集めています。
過去数ヶ月の間に、直売モデルを活かしつつ、消費者と「共同」でブランドを開発して行く組織をあちこちで見かけるようになりました。注目を集めるD2Cですが、これからどのようにシフトしていくのでしょうか?
今、何が起こっているのか?
注意深くDtoCの世界を観察してみると、そこで何らかの変化が起きているようなシグナルを見つけることができます。ここではいくつかの事例をもとに、実際にどのようなことが起こっているのかを掘り下げていきましょう。
①元D2C専門のブランディングファームGin Lane(ジンレーン)が、顧客と“共同“で開発した自社ブランド「Pattern」(パターン)を立ち上げるために、代理店業務を停止。
Gin Lane(現Pattern)は、アメリカの人気D2CブランドであるEverlane、Harry’s、Himsのブランディングを手掛けたエージェンシーです。約1年前から私は、Patternとして生まれ変わったGin Laneの活動を注視してきました。
Gin Lane(現Pattern)は、人気D2CブランドEverlane、Harry’s、Himsのブランディングを手掛けたエージェンシー。
当初はただ、尊敬するブランドデザイナー達が共にブランドを立ち上げることで、どのようななものが生み出されるのかという誰もが抱くような興味だったのですが、しばらくフォローしている中で、もっと面白いことが起きていることに気付きました。
PatternのMediumの公式ページでは、以下のような発言がみられます:
‘We’ve been forming a thesis on what makes a great consumer brand through our work with DTC companies and are excited to expand and evolve it through a model we’re calling “DWC,” or Direct with Consumer.’
「私たちは、これまでD2C企業との仕事を通じて、得られたブランドを生み出すために必要な要素を勉強してきた結果、これからは「DWC(Direct with Consumer)」というモデルを通じて、D2Cを進化させることを目指しています。」
D2Cブランドは、消費者と一対一の関係を築くことで成功を収めてきましたが、Patternはそのさらに一歩先へと進め、顧客がブランドと協力して新しい商品やサービスを共同開発するという、「双方向」の関係に変えていくことを主張しています。同社によれば、「ダイレクト・ウィズ・コンシューマー」は単に「ダイレクト・ツー・コンシューマー」モデルの進化形というだけではなく、「21世紀に適した消費財メーカーモデル」でもあると語っています。
Patternはそのような「21世紀型」の消費財メーカーを、現在のところ2つ発表しています。
調理道具ブランドの“Equal Parts”は、 サスティナブルな素材で作られ、デザインにこだわった調理器具を、料理専門家による8週間のコーチングサービスとセットで提供しています。また、Open Spaceでは多用途で長持ちする収納用品を販売しています。
調理道具ブランドの“Equal Parts”、家庭での料理をより簡単に、より楽しくすること目指す。
“Open Space”は、美しくて長持ちする収納用品を届け、オシャレで快適な空間を作るお手伝いをします。
②超人気D2C型コスメブランド「Glossier」のCEOのヘンリー・デイビス氏は同社を退任し、2019年に顧客と共同でパーソナルケアブランドを開発するブランドキュベーター「Arfa」(アルファ)をローンチ。
『Glossier(グロッシアー)』は、デジタルネイティブ世代、ミレニアル世代の間でカルト的な人気を博しているスタートアップのD2C型コスメブランド。
‘Stakeholders, not consumers‘ (消費者からステークホルダーへ)をモットーに、
アルファは顧客集団「アルファコレクティブ」のメンバー達と共同で商品開発を進めている。
Arfaは、「パーソナルケアブランドを使用する人々との密接な関係に基づいて共同開発する新型消費財企業」と自称しています。
顧客を「カスタマー」ではなく「ステークホルダー」として捉え、「Arfa Collective」(アルファコレクティブ)と呼ばれる顧客の集合体を募集し、彼・彼女らは製品アイデアの創出からテストまで、トータルのプロダクトサイクルに参加しています。さらに、コレクティブのメンバーは共同で開発した商品の利益の5%を受け取ることができ、それにより彼らはArfaの顧客でもありながら、受益者でもあるという仕組みが構築されているのです。
2020年の3月にローンチされたArfa初のブランド「Hiki」は、ジェンダーレスのデオドラント製品を提供し、9月には更年期のニーズに特化した美容ブランド「Stateof」(「State of menopause」 の省略形)を発売しました。
‘Hiki. Created, tested and developed by and for people courageous enough to tell us about their butt sweat.’
(ヒキは、お尻汗の話など日常の本音を打ち明けてくれた勇者により作成・テスト・開発されたラインナップ。そして、その人たちのためにヒキは存在しています。)
ステート オブは、更年期障害を経験した女性たちにより開発された、更年期障害のニーズに特化した美容とスキンケア製品をお届けします。
各ブランドの「コレクティブ」は約100人のメンバーで構成されます。Arfaの商品開発チームは定期的にメンバーの自宅を訪問し、お茶会のようなリラックスした空間で日々の悩みや最近の気付きに付いて語り合い、より親密な関係を築きます。一度きりのヒアリングではなく継続した訪問を続けることで徐々に信頼が深まり、そこから生まれた会話がカスタマーインサイトに繋がるという手法を、Arfaは「リスニングツアー」と呼んでいます。
例えば、「HIKI」の開発の際、ある女性は、デート中汗が気になることから、仕方なくベビーパウダーを使っていたことを話していました。その話を他のメンバーに共有すると、同じくベビーパウダーを使わざるをえない人たちが大勢いることが判明し、「大人のベビーパウダー」をコンセプトにしたデオドラントラインのアイデアが生まれました。
さらに、コレクティブのメンバー達の仕事は開発フェーズに留まらず、ローンチ後に製品をソーシャルメディアで推奨するなど、プロモーションや広告の場面でもarfaはコレクティブを頼ります。
InstagramやYouTubeでHIKIの製品について語るメンバー達
なぜ、それが今起こっているのか?
消費者に直接オンラインで販売することで、中間業者を介さずにマーケティングから流通まで全てをコントロールできるという利点を利用したD2Cモデルは、少し前まではゲームチェンジャーであるとみなされていました。
デジタルマーケティング戦略と魅力的なコンテンツを活用することで、従来の小売店では夢にも思わなかったような消費者との深い関係性を築くことに成功したからです。
では、なぜGlossierの元CEOとPatternのチームは成功したものとは異なるビジネスモデルを採用しなければならなかったのでしょうか?
D2Cモデルの限界
昨年のHBRの記事で指摘されているように、D2Cは特定の分野で際立った発展をみせていました。資本へのアクセスが容易で、まだソーシャルメディアのコンテンツが飽和していなかったため、デジタルを活用した販売や広告で利益を上げやすい時代だったのです。
しかし、その後、競合他社が殺到することでソーシャルメディア広告の価格が押し上げられ、D2Cというビジネスモデルの収益性を圧迫する、一方で、消費者は選択肢の多さと違いのなさに圧倒され始めたのです。
コロナウイルスで世界が停止状態になる前から、これらの脆弱性は、寝具のD2Cブランドである「Casper」のIPO不発、およびソフトバンクが支援するD2C企業「Brandless」の廃業のような出来事からもD2Cというビジネスモデルの限界も指摘されているのです。
Casperは寝具という伝統的業界に風穴を開け、D2C企業の盟主と目される企業の一つであり、最も成功を約束されたスタートアップの一つとして称賛を欲しいままにしていた企業。
そのCasperが満を持して2020年の2月に上場を果たしたところ、公開直前で予定公募価格を引き下げ、さらには公開後は公募価格を下回った。
DWCのメリット
では、D2Cになかった、「DWC」のアドバンテージとはなんでしょう?
まずは、PatternとArfaに共通するテーマを探ってみましょう。
Patternは、D2Cの限界を克服するための鍵となるのは、「消費者とより深く、より個人的な関係を大きなスケールで構築する」ことである主張しています。一方で、Arfaは「次世代のイノベーションはユーザーのコミュニティによる共創の結果でなければならない」と発言していいます。
その上で両社とも、GlossierやCasperのように一つのカテゴリーに絞られた業種ではなく、マルチブランド(ブランド群)のアプローチを提唱しています。その体制により特定の分野ではなく幅広い領域でより総合的な価値を届けること、そして各ライフステージに対応したソリューションを届けられることが、D2Cモデルと大きく異なるところであることをArfaの現CEOであるデイビス氏がインタビューで強調しています。
では、そうしたアプローチには具体的に、どのようなメリットがあるのでしょうか?
D2Cの限界を分析し、DWCがそれに対して提供できる解決策を、私なりに分析してみました:
– 顧客の獲得と維持。ブランドと顧客が互いに責任を負うことで、顧客はブランドの拡散に貢献しながら忠実に従う。これにより、顧客獲得コストを抑えることができるのではないでしょうか。
– イノベーションのスピードと幅。一方通行から双方向のコミュニケーションにシフトすることで、顧客からのフィードバックの数と頻度を向上させることが可能になり、アジリティの向上に繋がります。 顧客コミュニティから常にインサイトを追求しつつ、新製品を迅速にテストし改善することも高いアジリティに貢献すると考えられます。
– ビジネスの拡大。ヒアリングや口コミから新しい製品やカテゴリーのアイデアが出てきた時に、迅速にグループのリソースをプールして別ブランドを立ち上げられる体制が出来ていると、効率的に横展開できることが可能になるのです。例えば、Arfaの場合は、「HIKI」の商品開発を進める中で「汗」を中心とした議論が、更年期の話題に繋がり、更年期のニーズに特化した美容ブランド「State Of」のきっかけとなりました。
共創ブランドの可能性
D2Cの利点が競争に駆逐され目新しさが失われていく中で、DWCモデルが魅力的な提案であることは明白です。同様に、生産者と消費者の間のフィードバック・ループを強化することは、マルチブランドという構成と組み合わせることで、新しいカテゴリーを市場に提供し、事業拡大を維持するための効果的な方法であるように思えました。
しかし、共創されたブランドが本当に革新的な製品を生み出すことができるのだろうか?と疑問に思わずにはいられませんでした。
商品のアイデアを考えるのはお客さんではなく、商品を提供する側の仕事なのでは?
「顧客は自分たちの欲しいものはわからない」「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」
有名な話ですが、スティーブ・ジョブやヘンリー・フォードが、顧客に答えを求めても新たな価値の源泉を発見できないという考えを持っていました。
「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成するころには、彼らは新しいものを欲しがるだろう。」スティーブ・ジョブズはこんな言葉を残しています。
そしてこれまでのところ、その考え方が正しいケースが多いという傾向が見られます。顧客と完全に共創したビジネスを構築しようとした最新の試みであるスタートアップQuirky(クアーキー)は、歴史上最も壮大な失敗に終わりました。
Quirkyの共同開発プロセス
Quirkyは、ユーザーは自由にアイデアを提出可能で、製品の収益の一部を創案者と共有するというモデルでした。同社は、アンドレセン・ホロウィッツやクライナー・パーキンスなどの優良投資家から1億8500万ドルという高額な調達を行いましたが、2015年に破産申請しました。
DWCとクラウドソーシングの違いは共創の「質」にある
Quirky、PatternやArfaは、消費者を開発の段階から巻き込み、アイデアの「共創」を活用したモデルである点において、三社ともDirect-with-consumers型と言えるでしょう。だとするとQuirkyが失敗し、Arfaが成功する要因はどこにあるのでしょうか。
ポイントは、共創すること自体ではなく、その「質」にあるのではないでしょうか?
Patternは、「私たちは自分たちのミッションを果たすために、消費者の満たされていないニーズを見つけたときにブランドを作るのです。」とウェブサイトに明記しています。
これを見れば、Patternが顧客との「共創」をどのように考えているかがわかります。それは単にオープンイノベーションを実装するのではなく、出てきたアイデアを“フィルタリング“する明確な軸を持っているということです。
そして、社員と顧客、双方の中で、その軸となるものを言語化しています。 各社のホームページによると、それぞれのミッションは、
Pattern「充実した毎日を過ごすための習慣を身につけるための旅をサポートすること」
Arfa「分け隔てなく、ありのままをすべて受け入れるという価値観を広める」
という意志を打ち出しています。
PatternとArfaの開発プロセスは、一見するとOutside-in型で外側からのアプローチに見えるかもしれないですが、その実は開発の軸となる強い想いを組織の中、Insideに持っていることがわかります。
同様に、個人的な意見ですが私はApple、Ford、Teslaなどの成功の大部分は、Inside-outの戦略と、卓越した顧客本位を兼ね備えていることにあると思います。
DWCも、Inside-outとOutside-inのアプローチをうまく融合させていることがポイントなのではないでしょうか。社内だけはなく全てのステークホルダーと、「何を実現したいか」について共通認識を作った上で社内外の声を聞き、軸となるパーパスによってそれらのインプットをまとめあげることが出来ていると考えられます。そのことからもInsideから生まれた軸が共創の原動力となっているモデルと言えるのではないでしょうか。
PatternとArfaの活動の一貫性は、特にポートフォリオのアーキテクチャに表れています。
Patternが運営するEqual Partsの親しみやすい調理器具とコーチングサービスのセットは、ミレニアル世代の料理への苦手意識を覆し、気軽に楽しく料理をする習慣を身に着けることをコンセプトとしており、Open Spaceは美しくて長持ちする収納用品を提供し、心落ち着く空間を実現することができることを売りにしています。Equal PartsとOpen Spaceはそれぞれ独自のアイデンティティーを持っていますが、「充実した毎日を過ごすための習慣を身につける」という点で共通しており、そのゴールに向けて連動しています。
Arfaが手掛けるブランドは、パーソナルケア業界では見過ごされているセグメントを発見し、それらを代表する人々と協働することで、様々なライフステージの「真のパーソナルケア」を提供しています。
いずれの場合も、サブブランドはアンブレラ ブランドの目的を達成するために協力し合い、組織が手掛ける全ての活動に同じ軸が通っているように見えます。
ArfaとPatternは明確なビジョンが社内外でしっかり共有されているからこそ、Quirkyの様なバラバラの製品ラインナップではなく、1つの共通したブランド像を作ることができたのではないでしょうか。
“大規模の親密さ”:パーパスで人を惹きつけ、アクティブに参加させる
Patternのビジネスアイデアは元々、ミレニアル世代に多いWorkism文化(労働主義)とburnout(バーンアウト:燃え尽き症候群)のリスクという、創業者が個人的に経験してきた課題の解決策としてスタートしました。そして創業者達のビジョンが同じ悩みを持つ何百人もの人たちとの会話の中で得たものを基にアップデートされていきました。Patternはそのプロセスを”Intimacy at scale(大規模な親密さ)”と呼んでいます。それは、単に巨大なフォーカスグループを運営することではなく、自社のビジョンを外に発信し、そのビジョンに共感した人達とお互い刺激し合う反復的なプロセスなのです。
インセンティブ制度に頼っていたQuirkyと違って、ArfaやPatternは共通のパーパスを持つコミュニティを作ることに重点を置いています。
私は、QuirkyとArfaやPatternの違いは、このユーザーコミュニティの捉え方にあると考えています。なぜなら、新商品のアイデアを「聞き出す」より、コミュニティと継続的に対話しながら自然と「発見」する方が、革新的なアイデアにつながる可能性があるからです。お金をもらってフォーカスグループに参加する方々と、個人レベルで深く共鳴する問題を必死で解決しようとする、何千人ものコミュニティとでは、得られる洞察の質に大きな違いがあると考えられます。
「民主主義」的なアプローチを持つクラウドソーシング型 のQuirkyに対し、PatternやArfaは「民主主義」的なガバナンスを持ちながら、人々を「信者」にする「一神教」的な要素も兼ね備えているのです。それらの一神教では、信奉者は複数の礼拝の機会を与えられ、一つのビジョンを実現するために積極的に協力し合っています。
一緒に必死になってくれる人を集める
「意味のイノベーション」の提唱者であるロベルト・ベルガンティ教授は、著書『突破するデザインーあふれるビジョンから最高のヒットを創る』で、イノベーションプロセスの最初の重要なステップは、しっかりとしたビジョンをデザインすることだと書いています。彼は、機会が溢れている状況の中で、根本的に新しいアイデアを生み出すのは、ビジョンに疑問を持ち、育成するプロセスであると主張しています。
さらに、ベルガンティは製品を作る人がそのベネフィットを得る人でなければ、真のイノベーションは起こせないとも主張しています。言い換えれば、ビジョンは重要だが、利害の一致も重要だということです。
それこそDWCがやろうとしていることではないでしょうか?マーケティングリサーチを使ってアイデアを考えるのではなく、必死で一緒になってくれそうな仲間、つまり一番利害(ステー ク)が大きな人達を集めることがDirect-with-customersの「with」の意味なのではないでしょうか。顧客の役割はリサーチに留まらず、顧客はブランドのビジョンやカルチャーに発言権を持つことで、自分事に思えるからこそ批判精神を持って疑問をぶつけ合うことができ、ビジョンを実現するためのアイデアが次々と出てくるメカニズムになっているのです。
その点では、べルガンティが「集団型研究室」(collective research laboratory’)と呼んだものに近いと、私は考えます。
ブランディングの未来は「仲間づくり」が鍵?
カスタマーアクイジションコスト(新規顧客獲得コスト)が高まる世界においては、新規顧客を追うよりも、既存顧客との関係を深めロイヤリティを維持することがはるかに合理的になります。
消費者がステークホルダーになれば、ロイヤリティの向上を期待することもできます。そう考えると、DWCは長期的に顧客のロイヤリティを維持するための手段として、D2Cより今のマーケット状況に合っているとも考えられるのではないでしょうか。
そして、ポスト・コロナの世界では、人々は支出を減らし、より賢くなる方法を探すようになることが予想され、またお金を払う価値があると感じられるのは、モノを消費することから、人とのつながりの深まりや仲間意識の高まりへと変化していくとも考えられます。
そういったことからも、コミュニティ形成を本質とするDWCブランドにとって、さらなる追い風になっているのではないでしょうか?